2026/01/06
変わり種でヒット連発の飲料メーカー 社長は“教育者”と二刀流 人生集大成の野望とは

地元の素材を生かした商木村飲料のサイダー(木村飲料提供)
■木村飲料・木村英文社長 大学生で学習塾を立ち上げ
静岡県には、全国的に有名な飲料メーカーがある。1947年に創業した「木村飲料」。意外な食材と炭酸を組み合わせた「変わり種商品」が好奇心を刺激してヒットを連発している。静岡県ゆかりの人たちが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。第22回は、木村飲料の木村英文社長が持つ、“もう1つの顔”を掘り下げる。
海外市場の開拓には10年かかった木村飲料 転機となったのは…
炭酸飲料の限界は、まだまだ先にある。その可能性を示すように、木村飲料はユニークな商品を次々と世に出してきた。静岡県産のトウモロコシやマスクメロンを使ったサイダー、さらには「カレーパンサイダー」や「うなぎコーラ」といったインパクト抜群の商品も開発。最近は、三立製菓のロングセラー「チョコバット」とコラボした「チョコバットサイダー」を発売した。
変わり種商品で知られる木村飲料は定番のサイダーやラムネも販売しており、海外展開もしている。ご当地個性派飲料のパイオニア的存在として全国の清涼飲料市場の中でもユニークな地位を築き上げているが、1996年から社長として会社を率いる木村社長は“もう1つの野望”を描いている。
静岡大学を卒業後、1979年に木村飲料へ入社した木村社長は二足の草鞋を履いていた。それは、学習塾の運営。日中は木村飲料で営業職をしながら、夕方以降は学習塾の講師兼経営者を務めていた。異業種を掛け持ちするきっかけは大学1年生の頃に応募したアルバイトだった。木村社長が回想する。
「アルバイトで家庭教師や塾講師をしようとしたところ、非常に不合理だと感じました。生徒の勧誘も授業も自分でやるのに、時給以外はオーナーさんに持っていかれてしまう仕組みでした。それなら、自分で塾を立ち上げた方が良いと考えました。当時は大学生で起業するのは珍しかったですね」

木村飲料入社当初は学習塾経営の”二刀流”だった木村社長
■「継がなくても良い」 父親から大手企業への就職進言
10代の大学生の時から、木村社長には経営者の片鱗が表れていた。アルバイトは割に合わないと判断し、机やいす、ホワイトボードといった最低限必要なものだけ買いそろえて学習塾を始めた。
大学の授業が終わると、急いで学習塾へ。学生から塾長に肩書きを変えた。自身で運営する学習塾のほかに家庭教師でも生徒を受け持ち、大学生の学業と両立させるには睡眠時間を削るしかなかった。それでも、木村社長は充実感に満たされていた。
「日曜日になると寝られるだけ寝て、睡眠を貯金していました。生徒さんの人数も増えて、やりがいや楽しさを感じていましたね」
主に中学1年生から3年生までを対象にした塾には毎年、新しい生徒が入ってきた。その様子を見ていた木村社長の父親は「飲料業界は先が明るいとは言えないから、木村飲料を継がなくても良い。大学卒業後は大手企業でサラリーマンをやったらどうだ?」と進言された。
■飲料メーカーの営業と塾運営 二足の草鞋を選択
木村社長が大学卒業を控えた時期、学習塾には約30人の生徒がいて、中学1年生と2年生も在籍していた。「預かっている生徒さんがいる状況で塾を辞めてしまうのは無責任。飲料メーカーの仕事も事業を拡大したい」。そう考えた木村社長は夕方まで木村飲料の営業職に就き、夕方以降は学習塾を運営する道を選んだ。
塾は広告を打たなくても、塾生の弟や妹が入塾して生徒が途切れなかった。2つの仕事を掛け持ちする生活を始めて10年くらい経った頃、大手学習塾が勢力を伸ばしてきた。「自分の役割は終わりかな」と感じた木村社長は新規の生徒受け入れをストップし、最後の生徒を送り出したタイミングで塾を閉めた。
「実は、うちの先祖は300年続いた寺の住職として寺子屋をやっていました。近所の人たちに読み書きやソロバンを教えていたそうです。もしかしたら、私にも教育者の血が流れているかもしれないと勘違いして、学習塾を始めた面もありました」

わさびラムネやカレーラムネなどユニークな商品が大ヒット(木村飲料提供)
■変わり種でヒット連発 フランチャイズの学習塾も開始
学習塾に区切りをつけた木村社長は、飲料メーカーの“本業”に集中した。順調に売上を伸ばし、2005年から販売を始めた「変わり種商品」が勢いを加速させた。10万本売れればヒット商品と言われる中、木村社長が大好きなカレーの味を再現した「カレーラムネ」は100万本を超える大ヒット。「わさびらむね」も約50万本売れるなど、話題を集めた。
その頃、運命に引き寄せられるように木村社長は、ある事業に興味を持った。それは、フランチャイズで展開する学習塾だった。思い立ったら、行動が早い。木村社長は2005年、学習塾を運営する「ケーズ・エデュケーション」を設立。かつて自分で講師兼経営者をしていた塾とは違い、運営に特化した会社を立ち上げた。
校舎は最初の5年間で7校まで増やした。一時は他の塾との競争が激化して3校まで数を減らしたが、近年は攻勢をかけて静岡、広島、山口の3県で計10校まで拡大。今年度中に、新たに3校の開校を予定している。木村社長が展望を語る。
「全国に50校舎くらいまで増やして仕組みをつくり、学習塾も事業として独り立ちさせていきたいと考えています。会社として100億円宣言しているので、学習塾も育てていくつもりです」

幼少期の木村社長(木村飲料提供)
■教育×地域貢献 「ラムネ工場」新設へ
木村飲料は学習塾の運営を含めたグループ全体で、10年以内に売上100億円を目指している。現在の26億円から大幅に伸ばすことになるが、木村社長はM&Aも視野に入れながら「ハイペースで進めていかないとですね。私の寿命も長くないですから」と笑う。
教育に携わる事業としては、学習塾拡大以外のビジョンも描いている。地元・島田市の廃校を活用した「ラムネ工場」の新設だ。この工場では飲料の製造だけではなく、工場見学のスペースも設ける。工場見学は度々、依頼を受けてきた。だが、現在保有している2つの工場は広さが十分ではなく、見学に訪れる子どもたちの安全を確保できない恐れから断ってきた。
数年後を目途に計画しているラムネ工場には見学通路をつくり、案内役も常駐させるという。図書館や理科室など、元々は小学校だった建物のつくりを生かし、家族で楽しめる場所にするつもりだ。木村社長が語る。
「ラムネや炭酸飲料について学べる場所にします。地域の名産を販売するスペースをつくったり、災害時は防災の拠点にしたり、地元に根差した工場にしたいと思っています」

お土産としても人気が高い木村飲料の商品(木村飲料提供)
■「80歳になったら僧侶に」 人生最期の願望
そして、もう1つ。木村社長には将来像がある。「80歳になったら僧侶になろうと思っています」。本籍のある愛知県春日井市に先祖から300年間受け継がれてきた寺があり、木村社長も僧侶の位を持っているという。
「飲料事業を拡大していくのはもちろん、教育にも力を入れていきたいです。その先にあるのは、仏の道。人生の最期は先祖が何を考えて、何を望んでいたのか探索しながら、あの世に行きたいですね(笑)」
現在、69歳。木村社長のゴールは、まだ先にある。
(間 淳/Jun Aida)








