2026/07/18
甲子園優勝以上に強烈な記憶 大阪桐蔭元主将が明かす「地獄の夏」 追い込みが生んだ強さ
夏の甲子園切符をかけた熱戦が、静岡県を含めて全国各地で繰り広げられている。注目の1つが、甲子園春夏連覇を狙う大阪桐蔭高校を本命とする大阪大会。大阪桐蔭野球部の元主将で、静岡ライフでコラム連載中の水本弦さんは、この時期になると「地獄の追い込み」を思い出すという。
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■卒業して13年経っても思い出す「地獄の強化練習」
夏の甲子園出場をかけた戦いが、全国各地で始まりました。私の母校・大阪桐蔭高校は7月18日、3回戦で北野高校に勝利し、4回戦へ進みました。一時は3点を追う展開となりながら、13―4で7回コールド勝ちを収めました。春夏連覇に向けて、1つずつ勝利を重ねてほしいと思います。
高校を卒業して10年以上が過ぎた今も、大阪桐蔭で過ごした3年間について聞かれる機会があります。中でも、驚かれることが多いのが、夏の強化練習です。私が卒業したのは2013年で、現在は練習内容が変わっている可能性があります。ここからは、私が在籍していた頃の話になります。
当時の大阪桐蔭には、夏休みと冬休みにそれぞれ強化練習の期間がありました。普段より練習の量が増えるだけでなく、それぞれのメニューに求められる質も高まります。選手にとっては、まさに“地獄”と表現したくなるような時間でした。夏は厳しい暑さも加わるため、冬とは違った苦しさがあります。
大阪桐蔭の野球部は、他校に比べて早い時期から夏休みに入ります。授業が休みになると、「追い込み」と呼んでいた強化練習が始まりました。1クールは5日から1週間ほどで、それを3~4回繰り返します。

大阪桐蔭高校時代の水本さん(本人提供)
■グラウンドコートとマスクで練習 走るメニュー増加
追い込みに入って、最初に取り組むのは暑さに体を順応させることです。選手はユニホームの上からグラウンドコートを羽織り、さらにマスクを着けて練習していました。
練習は朝から夕方まで続きます。ノックや打撃、走塁といった実戦的なメニューは、通常の練習と大きく変わりません。違いは、走る量と強度です。ウォーミングアップの段階から走るメニューが増え、全体練習が終わった後にも走り込みが待っていました。厚着をしている分、体にかかる負担も普段より大きくなります。
こうした練習を乗り越えていたこともあり、夏の大会で暑さを苦痛に感じた記憶はほとんどありません。大阪大会でも甲子園でも、頭がぼんやりしたり、足がつったりすることはありませんでした。苦しい追い込みには、暑さの中で力を発揮するための準備という意味もあったのだと思います。
ただ、全部員が最初から同じメニューをこなすわけではありません。強化練習の中心となるのは2、3年生で、入学から約3カ月しかたっていない1年生には別の対応が取られていました。
1年生の夏は、まず高校野球の環境や生活に慣れるための期間と考えられていました。追い込みの期間中も、上級生より早い時間に練習を切り上げます。寮へ戻った2、3年生と重ならないよう、先に食事も済ませていました。1年生は最後のクールになると走り込みに参加するなど、少しずつ上級生と同じ練習に加わっていきます。いきなり全てを課すのではなく、段階的に負荷を高める形でした。

現在は野球指導をしている水本さん(本人提供)
■甲子園春夏連覇を越える? 追い込み練習を終えた達成感
大阪大会の開幕が近づくにつれて、練習の意味合いも変わっていきます。体力を限界まで高める「追い込み」から、大会で力を発揮するための「調整」へと移行します。
この時期の全体練習では、ノック、シートバッティング、フリーバッティング、5カ所バント、守備の課題練習などに取り組みました。ベンチ入りメンバーは昼過ぎには練習を終えます。試合直前まで体を追い込むのではなく、疲労を抜きながらコンディションを整えることが目的です。
長く苦しい夏の追い込みを終えると、高校野球生活の終わりが近づいてきたことを実感しました。それほど大きな区切りであり、「今年もやり切った」という感情が強く残る期間でした。
私は高校3年生の夏、甲子園で優勝しました。それでも、追い込みを最後まで乗り越えた時に感じた達成感は、優勝した瞬間よりも大きかったかもしれません。
大阪桐蔭での思い出を尋ねられた時、最初に浮かんでくるのは甲子園で成し遂げた春夏連覇ではありません。何年たっても真っ先によみがえるのは、暑さと疲労に耐えながら走り続けた、あの夏の追い込みです。
<プロフィール>
水本弦(みずもと・げん)
1995年2月23日生まれ。石川県野々市市出身。小学2年生の時に野球を始め、中学時代は白山能美ボーイズで全国大会に出場した。大阪桐蔭高校では3年生で主将を務め、甲子園で春夏連覇を達成。亜細亜大学でも主将を任され、リーグ優勝5回、日本一2回。東邦ガスではけがに苦しみ、2021年に現役引退。2023年5月に「株式会社Ring Match」を設立。野球経験者に特化した人材紹介、野球塾の運営、バットの開発・販売、就労継続支援B型事業を手掛ける。
(SHIZUOKA Life編集部)








