2026/08/13
期限切れのクーポンにも感謝 年間45万人訪れる人気店 マニュアルのない“ぬくもり”接客
■「ありがとうございます」 期限切れクーポン出した来店客に感謝
期限が切れたクーポン券を差し出した来店客に、「使えません」とは伝えない。雨に降られた来店客を、車で近くの宿泊先まで送ることもある。年間約45万人が訪れる浜松市の「長坂養蜂場」には、接客マニュアルがない。スタッフが判断の基準にしているのは、「損得よりも善悪」。目の前の人を見て考える“ぬくもり”の接客が、リピーターを生んでいる。
パンやヨーグルトだけではない! 長坂専務オススメ ハチミツの意外な食べ方
財布の中で大切に保管していたクーポン券。いざ使おうと店員に差し出したところ、有効期限が過ぎていた――。一般的な店であれば、利用を断られても不思議ではない。しかし、長坂養蜂場のスタッフは違う。専務の長坂恭輔さんが語る。
「期限が切れていますとは言いません。大切に取っておいてくださり、ありがとうございますとお礼を伝えて、クーポンをご利用いただきます」
長坂養蜂場は1935年、現在の浜松市浜名区三ヶ日町で創業した。自社で採取したハチミツや、ハチミツを使った菓子、飲料などを販売している。人口約1万4000人のまちにある店舗には、静岡県内外から年間約45万人が訪れる。

浜松市に店舗を構える長坂養蜂場
■ぬくもり届ける接客 食パン一斤を買った家族にコーヒー
大きな特徴が、マニュアルのない接客だ。来店客への対応に迷った時、会社がスタッフに求める判断基準は1つ。「損得よりも善悪」である。
例えば、先着順のプレゼントが予定数に達していた場合、代わりになる品物を渡す。決められた条件から外れていることを理由に断るのではなく、目の前の相手にとって、どのような対応が望ましいのかをスタッフ自身が考える。長坂さんは「お客さまに苦い記憶を残さず、心が温まるような『ぬくもり』を届ける判断をスタッフがしてくれています」と話す。
近くの宿泊施設から歩いて来店した人が、帰る頃に雨に降られたことがあった。スタッフは傘を持っていないと気付き、車で宿泊先まで送り届けた。こうした気配りは日常的にあふれている。来店客から届く手紙は商品の味に対する感想だけではなく、「あの時の対応がうれしかった」、「心遣いがありがたかった」といったスタッフ個人に宛てた内容も目立つという。
長坂さんの記憶に特に残っているのが、食パンを一斤購入した家族への接客だった。スタッフが「どこから来たのですか?」、「なぜ、このパンを選んだのですか?」と声をかけると、家族が答えた。
「静岡県外から、この近くにある有名な飲食店を訪れたのですが、長い行列ができていて食事を断念しました。空腹のまま別の飲食店を探していたところ長坂養蜂場さんを見つけて、家族で食べるためのパンを購入しました」
事情を知ったスタッフは、すぐに食べるのであれば一斤のままでは不便だと考え、その家族に開封の許可を得て食べやすい大きさに切り分けた。さらに、スタッフルームにあるコーヒーマシンで人数分のコーヒーを用意した。長坂さんは「そうした心温まるエピソードがたくさんあります。みんなが同じ思いを持って働いてくれていることがすごくうれしいですし、感謝しています」と笑顔を見せる。

長坂養蜂場の専務を務める長坂さん
■個々のスタッフが理念を実践 バックヤードでも笑顔
スタッフの行動の根底にあるのが、2010年に掲げた経営理念だ。「ぬくもりある会社をつくりましょう」。理念はオフィスに掲げられている。だが、額に入れて飾るだけでは意味がない。長坂さんは、ひとり一人が理念を自分の仕事に置き換え、日々の行動につなげて初めて会社の文化になると考えている。
「理念を心の中に入れていくことが大切です。自分に任された役割の中で、どうすれば理念を実現できるのか。それぞれのスタッフが、それを考えて行動できています。私たち経営陣が細かく指示するよりも、現場に任せた方が上手くいくと思っています」
来店客から届いた手紙には、「誰一人、嫌なスタッフに出会ったことがない」「店に行くと癒やされる」と書かれていたこともある。接客業では売り場を離れてバックヤードに戻ると表情が暗くなったり、疲れから愚痴をこぼしたりしがちだ。しかし、長坂養蜂場では、売り場でもバックヤードでも、スタッフの表情や言葉遣いが変わらない。
決められた言葉や動きを繰り返すのではなく、目の前の人を見て、自分で考えて行動する。マニュアルがないからこそ、来店客の記憶に残る接客が生まれている。
(間 淳/Jun Aida)








