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2025/09/04

娘のためにつくった積み木が世界へ 1点の試作品から広がった浜松市メーカーの物語

■転機は長女の誕生 おもちゃに対する考え方が一変

「おもちゃ=仕事」の考え方に変化はなかったが、仕事自体は順調だった。だが、1年後に退社すると宣言して起業を決断した。静岡県ゆかりの人たちが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。浜松市の知育玩具メーカー「シャオール」の社長・宮地完登さんは、たった1つの試作品を手にして世界的な展示会に出展してチャンスをつかんだ。【全2回の後編】

 

【動画で見る】静岡の元人気アナウンサーも愛用 シャオールのおもちゃ

 

メーカーを経て入社した問屋では着実にキャリアを重ね、仕事の充実感もあった。しかし、2年が過ぎた頃、宮地さんは上司に「あと1年働いたら会社を辞めます」と伝えた。その宣言通り、3年間勤務して退社した。

 

「就職活動に違和感があったのは、いつかは起業したいと考えていたからかもしれません。30歳の節目を迎えていたので、このタイミングかなと思いました。問屋はすごくおもしろくて、辞めたい気持ちは一切ありませんでした。辞めたいよりも、やりたい思いが強かったですね。おもちゃを1からつくりたい気持ちが、どんどん大きくなっていました」

 

問屋で働いている頃、宮地さんには第一子となる長女が誕生した。すると、おもちゃに対する見方が大きく変化した。

 

「娘が生まれるまで、おもちゃは仕事でした。ガンダムのおもちゃも扱っていましたが、私はガンダムを見たことがありませんでした。アニメもキャラクターグッズも興味がなく、ビジネスとして勉強していました。ところが、娘と一緒に遊ぶとなった時、おもちゃが急に日常生活に不可欠なものに変わりました」

コロンブスのつみきシリーズを手にするシャオールの宮地完登社長

■「理想のおもちゃが世の中にないなら、自分でつくろう」

宮地さんは、おもちゃ屋で長女と遊ぶ商品を選ぼうとした。ところが、どれも心に響かない。今まで仕事で多種多様なおもちゃに触れてきたにもかかわらず、長女と一緒に楽しむイメージが湧くものがなかった。

 

「ほとんどのおもちゃが人気キャラクターを全面に出しているだけで、おもちゃ自体の機能に魅力を感じませんでした。一緒に遊びたいおもちゃが世の中にないなら、自分でつくろうと考えました」

 

長女と一緒に楽しむため、そして他の親子もコミュニケーションを深めたり、本来の遊ぶ楽しさを感じたりするおもちゃを開発したい。宮地さんは独立して、思いを形にする道を選んだ。

 

オリジナルおもちゃの開発・販売には当然ながら、かなりの初期費用が必要となる。宮地さんはOEMで売上を立てながら、自社商品の完成を目指した。最初に商品化したいアイデアはできていた。それは、実際にシャオールのオリジナルおもちゃ第1号で、その後にシリーズ化して看板商品となっている「コロンブスのつみき」だ。

ロングセラーとなっている「コロンブスのつみき いろ・かたちあそびセット」

■コロンブスのつみき 世界的な展示会に出展

「コロンブスのつみき いろ・かたちあそびセット」は色と形が異なるプラスチック製の積み木と、動物や乗り物などの形をしたフェルトのパーツがセットになっている。最大の特徴は積み木に穴が開いているところ。その穴に、他の積み木やフェルトのパーツを差し込める構造となっている。宮地さんは最初に開発するおもちゃを積み木にすると決めていたという。

 

「積み木は昔から日本でも海外でも親しまれています。シンプルがゆえに、まだまだ可能性があると感じました。ずっと変わらない良さもある一方、発展や変化をしていないおもちゃでもあります。長女と積み木で遊んでいる中で、もっと改良の余地があると思いました。どんな形がベストなのかを考えて、コロンブスのつみきで表現しました」

積み木に穴が開いていることで、ブロックの特徴も取り込んで遊びの幅が広がる。子どもの年齢や成長に応じて、色の認識や指先の感覚など、遊びから得られる学びも変わってくる。素材はプラスチックのため、口に入れても健康上の問題はなく、投げても安全なメリットもある。

 

開発したいおもちゃのイメージは固まった。宮地さんは2014年、コロンブスのつみきの試作品を持って、おもちゃの展示会に出展した。その展示会は世界で最も規模が大きく、各国のバイヤーが集まった。

起業して間もない頃の宮地さん

■試作品は1点だけ ドイツの大手メーカーと契約

宮地さんは展示会でバイヤーと商談するだけではなく、各国のメーカーが並べる積み木も視察した。ヨーロッパの老舗メーカーが販売する木の素材を生かした積み木は温かみがあり、伝統や歴史を感じさせる。積み木が親子のコミュニケーションツールとなり、生活に根付く文化となっていた。宮地さんは、ヨーロッパの老舗メーカーが大事にするマインドに共感している。

 

「シャオールのおもちゃは自社でつくっていますが、輸入品ですか?とよく聞かれます。それはヨーロッパの老舗が大切にする、おもちゃを通じたコミュニケーションをシャオールも大事にする共通点があるからだと思います。コロンブスの積み木の素材はプラスチックですが、木製の積み木に込められたマインドに新規性やアイデアを加えて、時代に合った形で表現しています」

初めての展示会には、コロンブスのつみきの試作品1点だけで臨んだ。アイデアには自信があったものの、並んでいるおもちゃがたった1点でバイヤーに興味を持ってもらえるのか不安はあった。だが、杞憂に終わった。

 

すぐに、1人のドイツ人が関心を示した。「このおもちゃは、あなたがつくったのですか?どこで売っているのですか?」。宮地さんは初めての出展で、まだどこでも販売していないと伝えた。そのドイツ人は興奮した様子で、こう話した。

 

「それなら、私が買う」

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■親子の関係を深めるおもちゃづくり ぶれない創業の原点

そのドイツ人は、大手メーカーで創業メンバーの1人として働いていた。保育園や幼稚園の流通を担当しており、営業エリアは世界10カ国以上に渡った。宮地さんは日本は自ら営業したかったため、「日本以外の国であれば、自由に販売しても良い」と条件をつけて3年契約を結んだ。

 

「一品料理屋みたいに商品が1種類しかない中で、業界では名の知れている企業と契約できたのは幸運な面がありました。初めてつくったオリジナルのおもちゃが評価され、分かる人には分かってもらえるという自信もつきました」

10年続く企業は全体の10分の1と言われる中、シャオールは13年目を迎えた。業績が順調に伸びている時も、新型コロナウイルス感染拡大の逆風を受けた時も、創業の原点はぶれていない。宮地さんは言う。

 

「子どもたちが考える楽しさを知ったり、心を豊かにしたりするおもちゃをつくり続けていきたいです。シャオールのおもちゃを通じて、保護者が子どもと向き合い、コミュニケーションを深めるきっかけもつくりたいと思っています」

 

長女の誕生でおもちゃが仕事の枠を超え、起業やオリジナル商品の開発に至った宮地さん。子育てを卒業しても、おもちゃへの愛情や熱意は衰えない。

 

(間 淳/Jun Aida

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