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2022/07/31

知識も経験もなく志で走り出して43年 失敗を繰り返して辿り着いた理想の店に込めた思い

店を構えて43年が経った百町森の代表・柿田友広さん

■子どもの本とおもちゃ専門店「百町森」の柿田友広代表 26歳の時に開店

思いのままに走り続けてきた。社会も商売の基本も知らず、志だけでスタートして43年が経った。それぞれが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。第2回は、静岡市にある子どもの本とおもちゃ専門店「百町森」の代表・柿田友広さん。大赤字を出したイベントや数カ月で断念した試みもあったが、今では「理想的なお店になった」と地元で愛される唯一無二の店を作り上げた。

 

通路の両脇は絵本やおもちゃでいっぱい。天井にもおもちゃがぶら下がり、来店客を迎え入れる。夢のような空間に興奮を隠しきれないのは、子どもだけではなく、大人も同じだ。

 

静岡市の中心市街地にある「百町森」。子育てを経験した静岡県内の保護者には馴染みのある店だが、その品揃えとスタッフの専門性に惹かれて県外からの来客も多い。43年前に店をオープンしたのが、代表の柿田友広さん。絵本のおじいちゃん役で登場しそうな柔和な男性だ。

 

柿田さんが店を構えたのは19793月。26歳の時だった。高校までは静岡市で暮らし、東京の大学へ進学。大学卒業後も東京に残り、家庭教師や塾の講師のアルバイトをしていた。

 

「自分はネクタイを締めて働くタイプではないと感じていました。大きな会社に就職する気持ちもなくて、都会での生活を考え直さないといけないなとも思っていました」

静岡市の中心市街地にある百町森

■店名は「くまのプーさん」から 3坪のスペースからスタート

大学在学中も卒業後も、柿田さんは将来を具体的に描けなかった。ところが、学生時代の延長でアルバイトを続けていたある日、雑誌を読んでいたら心が躍る記事を見つけた。ニューヨークにある子どもの本専門店を紹介する記事。柿田さんは「自分は、こういうことをやりたいんだと感じました」と思い立ち、地元に戻って児童図書の店を開こうと決めた。

 

店名は「百町森」。児童文学「くまのプーさん」の舞台となる架空の森の名前だ。家庭教師をしていた頃、本棚を本でいっぱいにしていた読書家の小学6年生に一番好きな本を聞いた時に返ってきた答えが「くまのプーさん」だった。

 

あらすじを記憶しているくらいだった柿田さんは作品を読み直すと「野原に気持ち良い風が吹くのどかなシチュエーションでありながら、社会を見る視点がおもしろい。小学6年生の子は父親が厳しくて読書が心の支えだったようです。くまのプーさんの世界観が、その子にとって大切だったのだと思います」と感銘を受けた。店名を漢字にしたい思いもあって、百町森と名付けた。

 

やりたいことは見つかった。だが、経験もノウハウもない。準備した店のスペースは3坪。問屋の存在すら知らなかった柿田さんは、現金を持って東京の出版社に行き、購入した本を店に並べた。

 

「実は、絵本や児童文学に無縁だと思っていました。子どもの頃に知らずに育ちました。子どもの時に出会いたかったという悔しさ、いい本を知ってほしいという気持ちが仕事のモチベーションです」

 

■併設の自然食レストラン3カ月で閉店、イベント失敗 膨らむ赤字…

自分が好きな本に囲まれ、来客に作品の魅力を紹介する。本が売れて、感想をもらうと、これまでにない喜びを感じた。読んでほしい本は、たくさんある。柿田さんの熱量は高まっていく。

 

だが、情熱だけで利益が上がるほど、商売は甘くなかった。開店から7年目、未払いの請求書がどんどん増えていた。5年目に売り場を12坪に拡大し、本の他にもおもちゃの扱いも始めたが、売上は思うように伸びなかった。

 

赤字が膨らんでも、柿田さんの夢や理想は全くしぼまない。8年目にかなりの数のおもちゃも置き、10年目には喫茶店も併設した。さらに、喫茶店を自然食レストランに拡大したが、わずか3カ月で断念した。

 

「自然食レストランは材料費がかさんで全く利益が出ませんでした。良質な子どもの本、天然素材中心のおもちゃ、自然食レストランを目指していましたが、本とおもちゃにしぼり、プレイルームを加えた今のスタイルになりました」

子どものおもちゃと絵本でいっぱいの店内

■失敗繰り返し発想転換「お店自体をイベントに」

集客するために、様々なイベントも企画した。映画会、音楽会、講演会。だが、店の売上にはつながらなかった。イベントに時間とお金を費やし、柿田さんは「イベント屋になってしまった」と振り返る。規模を大きくし過ぎて、1回のイベントで100万円近い赤字を出したこともあるという。こうした失敗が続いていたある日、柿田さんは発想を転換する。

 

「お客さんに来店してもらうためにイベントをやっていましたが、お店自体がイベントなのではないかと考えました。毎週来ても飽きないお店をつくろうと切り替えました」

 

毎週来店したくなる店をつくる。気持ちは固まった。開店から15年目に、スタッフが書いた漫画が雑誌に取り上げられて店の知名度が上がる追い風もあって、店は軌道に乗り始めた。インターネットが普及すると、いち早く通販を開始。21年目には現在の店舗と同じ広さとなる60坪まで拡大した。オープン当初から20倍まで大きくなった。柿田さんは「その頃から絵本やおもちゃでゆっくり子育てをする助けになろうというコンセプトが固まり、非常に理想的な形になっていきました」と笑顔を見せる。

 

「私が苦手なパソコンは他のスタッフが担当してくれます。みんなで協力して、子どもたちに喜んでもらえる空間が作れていると思います。地域に根差したお店をつくろうとやってきましたが、今は県外のお客さんも多いです。全国の人が魅力を感じるお店にしないと、結果的に地域には根差せないと感じています」

 

使い捨ての安価なおもちゃが溢れ、子どもたちはテレビやスマートフォンで視覚への刺激が強い映像に触れる時間も増えている。それでも、百町森には天然素材で五感を育て、親子2世代、3世代でも使える良質なおもちゃを求める人が全国から訪れている。

 

「まだ、おもちゃは市民権を得ていないと感じています。絵本を語る人はたくさんいますが、おもちゃを語る人は少ないので、良さを発信していきたいです」と柿田さん。子どもの頃に出会いたかった、魅力の詰まった本やおもちゃを広く知ってもらいたい。開店当初の気持ちは変わっていない。43年前に始まった物語は続いている。

 

(間 淳/Jun Aida

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