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2022/09/21

「AIには代われない仕事」浜松市から児童福祉の変革に挑む甲子園史上最高の二塁手

浜松市で児童福祉施設を運営する町田さん

■常葉菊川で4度の甲子園出場 町田友潤さんは4つの児童福祉施設運営

それぞれが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。第4回は、常葉菊川(現:常葉大菊川)高校で春夏合わせて4度甲子園に出場し、「甲子園史上最高の二塁手」と評された町田友潤さん。23歳で現役を引退し、現在は静岡県浜松市で児童福祉の事業所を4つ経営している。「AIには代われない仕事」。子どもたちの変化や成長、さらには若い世代に将来性を感じてもらえる業界への変革をやりがいにしている。【前編からの続き】

 

どんなに志があっても、知識や経験がなければ思いを形にはできない。町田さんは知人を通じて、浜松市の会社で修業を積んだ。発達障害の子どもたちに箸の使い方や着替え、排せつなどを教える。「自分たちの仕事で一番大切なのは現場のスキルです。子どもは1人として同じではありません。同じ子どもでも日によって違いがあります」。子どもたちと毎日接しながら、それぞれに合ったアプローチを模索した。

 

2年間の修行を経て、町田さんは浜松市に放課後等デイサービス「グリーピース」を立ち上げた。法人のロゴは、社名の後ろに野球のダイヤモンドをデザイン。二塁手の位置に赤い印が示されている。現役時代のように、広い守備範囲で固定観念に捉われない多様性を持ったサービス提供を目指す思いが込められている。

 

■起業して5年 児童福祉施設を子どもたちの「第2の家に」

起業して5年で、放課後等デイサービス3カ所、児童発達支援1カ所と事業所は4つになった。社会的需要の高さ、さらに町田さんやスタッフによるサービスが評価された証と言える。放課後等デイサービスでは主に特別支援学校に通う小学校1年生から高校3年生、児童発達支援では未就学児を預かっている。子どもたちが社会生活に必要な食事、着替え、排せつを身に付けるのが目的だが、町田さんは「訓練」だけで終わらない事業所を心掛けている。

 

「子どもたちは朝から学校に行って、その後にグリーピースに来ます。学校のような緊張感が続けば疲れてしまいます。まずは、『あすもグリーピースに行きたい』と思ってくれるような居心地の良い場所を心掛けています。第2の家と感じてもらえる楽しい場所にしたいと思っています」

 

子どもたちが楽しく学べる場所。町田さんが見据える事業所を実現させるには、一緒に働く仲間の力が欠かせない。現在、従業員は25人。町田さんは「自分がいなくなるよりも、従業員が欠ける方が事業所のダメージは大きいです。心強い存在で、毎日感謝しています」と絶大な信頼を置く。中には保育士の資格や社会福祉士の資格を持った従業員もいる。

 

そして、最大の特徴は年齢層の若さ。平均年齢は20代後半と福祉業界では異例と言える。町田さんは「介護や福祉はきつい、年齢層が高いというイメージがありますが、若い世代が働きやすい将来性のある業種にしていきたいです。福祉らしくない福祉がいいなと思っています」と未来を描く。

 

そのために心掛けているのは「好循環」。質の高いサービスで事業所を利用する子どもたちや保護者の満足度を上げる。需要が高まれば利益が増える。その利益を従業員に還元する。従業員が働く環境を整えてモチベーションを高められれば、利用者へのサービス向上につながるという循環。町田さんは経営者として、利用者も従業員も幸せになれる事業所を目指している。

子どもたちに絵本を読む町田さん(本人提供)

■苦労を大きく上回るやりがい 子どもたちの成長が一番の喜び

「従業員が『給料は安いから、この程度の仕事でいい』と思いながら働けば、利用者さんの満足度は上がりません。会社の利益は従業員に還元することが、結果的に利用者さんのためになります。自分のために利益を使ったり、椅子にどんと構えたりする経営者は通用しないと思います」

 

利用者と従業員の期待や生活を支える覚悟。町田さんは今以上の環境を整える方法を日々、模索する。自宅に帰っても、友人と外食をしても、寝る前も常に頭の中にあるのは仕事。制度ができたばかりの放課後等デイサービスは資格の要件や国の方針が変わる。アンテナを高く張り、変化に対応できるよう、町田さ んは今でも夜に勉強する時もあるという。

 

頭も心も休まる時間は少ない。毎日気分が変わる子どもたちのサポートは、マニュアル通りにいかない難しさもある。それでも、町田さんには苦労を大きく上回るやりがいと楽しみがあるという。学校へ迎えに行くと、表情が明るくなる子どもの顔。自宅以外ではほとんど食事をしない子どもが事業所の弁当をおいしそうに完食する姿。子どもたちが心を開き、事業所に居心地の良さを感じている様子を見ると、町田さんの表情は自然と和らぐ。そして、最大の喜びを感じた時、全ての苦労は飛んでいく。

 

「繰り返し練習して箸を使えるようになったり、1人の力で排せつや着替えをしたり、努力してできなかったことをできるようになった子どもたちを見た時が一番幸せです。この仕事をやっていて良かった、今まで自分たちがやってきたことは間違いではなかったと感じます」

 

日々、子どもたちに気を配り、愛情を持って接していなければ、達することができない境地。心と心を通わせなければできない仕事だからこそ、町田さんは「AIには代われません。従業員には自信や誇りを持ってほしいですし、若い世代に福祉のやりがいを伝えていきたいと思います」と将来性がある業種だと強調する。センバツ優勝後に、「あの親子」と出会ってから15年。町田さんの恩返しは続いている。

 

(間 淳/Jun Aida

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