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2023/01/05

10代の憧れを60代で形に テレビ局の取締役からカフェ店主「若者サポートしたい」

オープンしたカフェではジャズが好きな大長さん選曲のレコードが流れる

■静岡市のカフェ「soraniwa」 大長克哉さんの青春は喫茶店

それぞれが歩んできた人生をたどる特集「My Life」。第8回は、静岡県のテレビ局を退職後に静岡市でカフェ「soraniwa」を始めた大長克哉さんの生き方に迫る。第2の人生に選んだのは、10代の頃から憧れていたカフェの店主。コーヒーを出すだけではない、地元の若者をサポートする場所にしたいと考えている。【前編からの続き】

 

オープンしたカフェで流れるジャズは、10代の頃に通った喫茶店で興味を持った。コーヒーは高校生の時から自分で豆を挽いて飲むほど好きだった。当時は喫茶店が街にあふれ、若者たちが集まっていた。若者でにぎわう場所からは文化が生まれる。大長さんは20歳前後の青春時代、喫茶店に通い、コーヒーを片手に音楽や芸術に触れた。

 

「喫茶店には文化の発信拠点みたいな雰囲気がありました。店の人や店に来る人たちと話すのも好きでした。18、19歳の頃は将来、喫茶店をやってみたい気持ちがありました。たまたまテレビ局に入社したので、その選択肢はなくなってしまいましたが」

 

時代は移り変わり、喫茶店は激減した。代わりにカフェが増えていく。大長さんはテレビ局に勤務していた頃、カフェ巡りを趣味の1つにしていた。コーヒーを注文し、店内を見渡すと他のお客とは違う考えが頭に浮かぶ。

 

「もう少しインテリアやカップに統一感があった方がいいのに、自分ならこうすると想像していました。それぞれの店に好みがあるので正解はないんですけどね」

大きな窓から空が見える開放的な店内

■母の施設転居で決意 若手バリスタからコーヒーの淹れ方学ぶ

テレビ局卒業が近づくと、10代の頃の記憶と夢が再び色を帯びてくる。「退職したら喫茶店をやってみようかな」。60代前半で“隠居”するのは、まだ早い。好きな音楽を流し、コーヒーを提供するイメージを膨らませる。

 

ただ、何かを辞めよう、始めようと考えることと、実際に行動を起こすことは雲泥の差がある。テレビ局では取締役まで務めていても、飲食業や経営は初めての挑戦。大長さんは「具体的なプランはあったので開店しようと思っても、やっぱり難しいよなあと何度も行ったり来たりしていました。なかなか踏み切れませんでした」と話す。

 

一歩を踏み出せない大長さんに、決断を迫るような出来事が起きる。テレビ局退職から約3か月後、同居していた母親が施設へ転居。母親が生活していた自宅1階のスペースが空いた。大長さんは背中を押されるような思いだったという。

 

「母親の生活スペースを片付けているうちに、このスペースはもったいないなと感じました。物理的にカフェをできる場所が現れたので、やってみようと決めました」

 

店を始める上で最初のハードルとなる店舗選びの必要がなくなり、大長さんは歩みを進めた。空いたスペースをカフェ用に改装。保健所の許可を取り、コーヒー豆の仕入れ先を決め、カップやインテリアを揃えていく。

 

カフェの看板となるコーヒーの淹れ方はバリスタから学んだ。高校生の頃から「飲まない日はない」というほどのコーヒー好きで、自己流の淹れ方に一定の自信を持っていたが、プロとの違いは歴然だった。同じ豆の分量、お湯の温度で淹れたコーヒーを比べて愕然とした。

 

「自分は全然分かっていないと焦りました。アドバイスを受けて淹れ直してみると味が変わりました。練習を重ねて、今は感覚を掴めるようになりました」

アート好きな大長さんが思い描くのは地元の若者の作品を展示するカフェ

■絵画、陶芸など展示 地元の若者をサポートするカフェに

豆の鮮度が味に影響するのはもちろんだが、豆にお湯を注ぐスピードや距離でも味が変わる。大長さんはバリスタから習った基本を大切にしながら、来店客の好みを考えたり、アイスコーヒーの淹れ方はアレンジしたりして、1杯にこだわっている。

 

現在、店は日曜日のみ営業している。平日はカルチャースクールで話し方の講師を務めたり、地元で開催されるイベントをサポートしたりするなど、幅広く活動する。

 

「カフェをオープンするのは週に1回なので、毎日やっている人から見ればふざけていると思われるかもしれません。でも、地元のために外で過ごす時間も大切にしています。カフェも外での活動も自分自身が楽しめるようにバランスを取っていくつもりです」

 

時間や数字に追われる生活はテレビ局勤務で十分に経験した。第2の人生では自分のペースで自分の理想を形にしていくつもりだ。文化の香りがした昭和の喫茶店と現代のカフェでは、来店客が求めるものは違う。それでも、大長さんは自身のカフェを文化発信のきっかけにしたいと考えている。

 

「コーヒーを出すだけではなく、絵画、写真、陶芸など、地元の若い人たちの作品を展示したいと考えています。モノを作ったり、表現したりする人たちは生活するのが大変ですし、発信する場も限られているので、きっかけ作りやサポートをしたいですね」

 

 10代の頃に抱いた夢を60代で形にした大長さんの歩みは、決して遠回りではない。淹れる人によって味が変わる1杯のコーヒー。苦さも甘みも知った人生が深みを加えている。

 

(間 淳/Jun Aida

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