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2026/07/30

ピアノは弾けないのに特技は調律 契約金0円で入団した元プロ野球選手 「あと少し」の後悔

■河合楽器からドラフト9位指名 オリックス入りした庄司大介氏

社会人で思わぬ“特技”を身につけた。焼津市出身で元オリックス外野手の庄司大介さんは現在、東京都内で買取事業などを行っている。静清工(現・静清)、国士舘大を経て社会人野球の河合楽器でもプレー。プロ入りへの礎を築きつつ、社会人としての在り方も学んでいった。

 

プロ初のバント成功のはずが… 元オリックス・庄司大介さんには顔面死球のトラウマが

 

国士舘大で投手から野手に転向し、打者としてプロ入りを目指すため河合楽器に入社。打線の中軸を担いながら技術を磨いた。社会人として社業も行うのだが、河合楽器の場合は本社で事務業務に就くか、工場でピアノの製作を担当するか、選択できたという。

 

「事務は面倒くさそうだったので工場の勤務だったんです。もしも河合楽器にずっといるなら、手に職じゃないですけど何か身につけようかなという思いもありました。河合楽器には高校生や大学生が来ている調律学校があったんです」

 

野球部の練習と社業の合間を縫って、調律を学んだ。「今でも調律できるんじゃないかと思います。基本のドレミファソラシドはいけるんじゃないですかね。そこからは1オクターブずつ取っていくだけなので、多分いけます」。確かな技術を身につけたが、後悔もある。

 

社会人3年目までにドラフトで指名されず、迎えた4年目はチームが都市対抗予選で敗退。プロ入りのラストチャンスと考え、退路を断って河合楽器を退社して入団テストに備えたのである。ある球団のテストに合格したものの、編成方針が変わって白紙に。その後、オリックスの入団テストを受け、見事に合格を勝ち取り、契約金0円ながら2000年ドラフト9位指名を受けて念願のプロ入りを果たしたのだ。

河合楽器からオリックス入りした庄司さん

■調律師の資格まであと一歩 河合楽器時代は軟式と“二刀流”

プロ野球選手になるという幼少期からの夢はかなえたものの、調律師の資格は取得できていない。河合楽器であと少し調律学校に通っていれば取得できていた可能性が高いだけに「もし調律師の免許を持っていれば、ドラフトもおもしろかったんでしょうけどね」と複雑な思いを見せる。

 

調律師の資格を持ったプロ野球選手となれば、話題性も十分。「調律ができると、すぐに周りは『絶対音感があるんだね』とか『ピアノ弾けるんでしょ』とか言いますけど、ピアノは弾けません」というものの、注目度が変わっていた可能性はある。

 

その河合楽器時代には、実は軟式野球も経験している。普段から利用していた焼津市のスポーツ用品店「ミナトスポーツ」の関係者と懇意になり、同店が所有する軟式野球チームのメンバーとして試合に出ていたそうである。

 

「河合楽器は基本的に日曜日がお休みなんです。だから日曜日にミナトスポーツの試合がある時は、行って投げていました」。静清工時代はエース。国士舘大でも2年春までは150キロ近い球を投げる本格派右腕だった庄司さんは、投手として参加することがあったという。

 

ただ、硬式野球と軟式野球は球の重さも硬さも違う。球速も打球速度も変わってくる。軟式野球の翌日、河合楽器の練習に参加した際は当然、戸惑いを感じることがあり「感覚が全然違うので、外野からカットに投げるのも大変でした」と振り返りつつ「でも、やっぱり楽しかったです」と充実していた“二刀流生活”を思い起こした。

 

プロ野球選手を引退後は不動産会社や生命保険会社など、さまざまな職業を経験。調律師さながらの調整力と対応力を武器に、濃厚なセカンドキャリアを奏でている。

 

(尾辻 剛/Go Otsuji

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