静岡市の清水庵原球場を本拠地とする「くふうハヤテベンチャーズ静岡」

■旧清水市と合併したシンボルへ　前静岡市長の悲願

現実味のなかった夢物語が実現した。静岡市を本拠地とする「くふうハヤテベンチャーズ静岡」が今シーズンから、プロ野球2軍のウエスタン・リーグに加わる。静岡市が推進してきたプロ野球球団の創設。その一翼を担ったプロ野球球団連携推進室の室長・山野井伸吾さんには、理想の光景と未来がある。

物語が始まったのは2011年だった。「静岡市にプロ野球の球団を創設する」。1期目の当選を果たした静岡市の田辺信宏前市長が「プロ野球地元球団創設構想」をマニフェストに掲げた。

サッカーのJリーグと違い、プロ野球のチーム数は長年、増えていない。当時はスポーツと関係のない部署にいた山野井さんも他の市民と同じように、プロ野球の球団創設に期待を抱きながらも具体的なイメージは沸かなかった。

「個人的に野球が好きなこともあって、球団ができたら良いなとは思っていました。ただ、どうやって実現するのだろうという感じでした」

田辺前市長は、プロ野球の球団を政令市移行のシンボルにしたいと考えていた。現在の静岡市は2003年に旧清水市と合併して政令市となった。田辺前市長は当時、県議会議員として合併に強い思いを持って取り組んでいたという。

くふうハヤテのユニホームお披露目会見

■トライアウトや大学野球　野球熱高める地道な活動

大半の市民が“夢物語”と捉えていたプロ野球の球団創設。静岡市は田辺前市長を中心に機運を高める地道な活動を続けてきた。2012年度にプロ野球地元球団創設構想に関する基礎調査を実施し、翌年度からは3年連続でプロ野球12球団合同トライアウトを開催。その他にも、フレッシュオールスターや楽天オープン戦での市民交流事業、東京六大学野球オールスターゲームや日米大学野球選手権など、サッカーのまち・静岡で野球熱を醸成していった。

この構想に山野井さんが直接加わったのは2017年だった。静岡市を本拠地とするプロスポーツチーム、サッカーの清水エスパルスとバスケットのベルテックス静岡との連携事業を推進するホームタウン推進係に配属された。この部署でプロ野球球団創設に向けた取り組みも行っていた。

静岡市にプロ野球球団ができるかもしれない――。現実味を帯びたのはおととし12月。NPB（日本野球機構）がファームリーグの拡大構想を打ち出し、ハヤテグループが新規参入の意向を表明した。そして、ハヤテが本拠地に希望したのが静岡市清水区にある清水庵原球場だった。ホームタウン推進係はハヤテとともに市民や野球団体との意見交換会を重ね、昨年2月には市議会で清水庵原球場の本拠地化推進が全会一致で決議された。

ここ1年間で一気に事態は動いたように見えるかもしれない。だが、幸運が偶然舞い込んできたわけではない。静岡市で野球熱を高める取り組みを積み上げてきた結果、チャンスを得たのだ。ホームタウン推進係は今年度からプロ野球球団の創設に特化したプロ野球球団創設推進室を独立させ、山野井さんが室長に就いた。ハヤテのウエスタン・リーグ参加が正式に決まった昨年11月下旬、創設室から連携室へ名称を変えた。

くふうハヤテの練習を見学する山野井室長

■本拠地整備に奔走　野球少年だった室長の忘れられない光景

3月中旬に迫っているウエスタン・リーグ開幕に向け、静岡市は清水庵原球場の改修工事といった準備を急ピッチで進めている。山野井さんには、ホッとする間もない。ただ、夢物語が現実となりつつ充実感がある。

「私がプロ野球球団創設に携わって7年目になりますが、間もなく静岡市の球団が巨人さんや阪神さんと試合をします。田辺前市長と地道に進めてきた構想が、ついにここまで来たという思いはあります。静岡市はサッカーのまちとして発展し、私も誇りを持っています。ただ、野球が好きな市民もたくさんいます。国民的文化財であるプロ野球の大きな変革に関わらせていただき、市民の皆さんの期待に応えられたら、市職員冥利に尽きます。個人的にもうれしいです。私も野球少年でしたから」

山野井さんには忘れられない光景がある。東京に住んで野球をしていた小学生の頃、自宅から自転車で行ける距離に巨人の2軍選手が練習する多摩川グラウンドがあった。憧れの選手たちの姿を追い、サインをもらったり、折れたバットをもらったりしていたという。

グラウンド近くには、巨人の選手たちが休憩や軽食を取るおでん屋があった。自分が住むまちにプロ野球選手がいる。自分も訪れる店にプロ野球選手も通っている。山野井さんは誇らしさと親近感を抱いていた。

「かつて野球少年だった頃に見た光景が、清水庵原球場周辺でも見られたらと思っています。この時の経験も、静岡市にプロ野球球団を創設したい原動力になりました。プロ野球には子どもに夢を抱かせ、地域を活気づける力があると確信しています」

山野井さんが思い描くのは、野球少年だった頃の光景。プロ野球球団創設の夢は間もなく叶うが、ここがゴールではない。物語は続く。

（間　淳／Jun Aida）